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東京地方裁判所 昭和51年(行ウ)45号 判決

原告 宮川淑 ほか三名

被告 郵政大臣

訴訟代理人 小沢義彦 桜井卓哉 ほか三名

主文

一  本件各訴を却下する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告ら

1  被告が昭和五〇年一二月二七日付で原告らに対して郵貯第九一号をもつてなした異議申立却下決定を取消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  被告

(本案前の答弁)

主文と同旨

(本案の答弁)

1 原告らの請求をいずれも棄却する。

2 訴訟費用は原告らの負担とする。

第二当事者の主張

一  原告ら

1  原告らはいずれも郵便貯金をしている者である。

2  被告は、昭和五〇年一〇月三一日に郵便貯金の利率の変更

を行なつた。

そこで原告らは、昭和五〇年一一月四日、行政不服審査法四条に基づき右利率の変更について、その取消を求める異講申立をしたところ、被告は別紙のとおりの郵政省貯金局長名義の書面(原告宮川以外のその余の原告らに対するものも同一の体裁、記載内容である。以下、右各書面を本件書面という。)を送付してきた。

ところで、本件書面の体裁、記載内容によれば、被告は原告らの異議申立に対して、本件書面をもつて、利率の変更は行政不服審査法にいう処分に当らないとの理由で却下決定をしたものと解すべきである。すなわち、行政不服審査法四八条、四一条には、異議申立に対する決定の方式が規定されているところ、本件書面の「以上のような次第でありますので、お申し越しの趣旨には沿いかねるものであります。」との記載は、異議申立の却下を意味し、「なお法規定立行為であります本件政令の改正は、行政不服審査法にいう処分には当らないものと考えられます。」との記載は理由に該当するものである。

そして、本件書面は、貯金局長が被告の権限を代理行使して作成したものと解すべきである。なんとなれば、授権代理は、通常代理庁の名をもつて表示されるので外部に表示された客観的事実により代理の有無を判断するべきであるところ、本件書面は「郵貯一第九一号(昭和五〇年一二月二七日)」と号数が付され、郵政省検印が割印され、また「一一月四日付書面にて郵政大臣に申立てがありました件につきまして・・・」と記載されているからである。

しかも後述のとおり、本件郵便貯金の利率の変更の政令は法規定立行為であつても同時に処分性を有するものであるから、原告らの適式な異議申立に対して、被告は応答する義務を負つているものであるところ、行政不服審査法によれば、不服申立を受理した以上は、却下、棄却、認容のいずれかの応答義務があるのであるから、「なお、法規定立行為であります本件政令の改正は行政不服審査法にいう処分に当らないものと考えられます。」と記載がある本件書面は、これをもつて却下の応答をしたものと解するほかはないのである。

3  しかしながら、右却下決定は行政不服審査法にいう処分の解釈を誤つた違法があるので、右決定の取消を求める。

二  被告

(本案前の主張)

1 請求原因2のうち、被告が昭和五〇年一〇月三一日に郵便貯金の利率の変更を行なつたことは否認する。原告ら主張のとおりの異議申立がなされたこと、および貯金局長が原告らに対し本件書面を送付したことは認める。その余の主張は争う。

2 被告は、以下述べるとおり原告らの異議申立に対して却下決定をなした事実はないから、本訴は取消の対象を欠く不適法な訴として却下されるべきである。

郵便貯金の利率は、郵便貯金法一二条一項により政令で定めるものとされているところ、本件の利率変更については、郵政審議会への諮問等所定の手続を経たのち昭和五〇年一〇月二八日郵便貯金法施行令の改正について閣議決定があり、同月三一日郵便貯金法施行令の一部を改正する政令(政令第三一五号)が公布され、同年一一月四日施行されて郵便貯金の利率の引き下げが行われた。

原告らは右政令の公布をもつて被告が原告らに対し行政処分をなしたと解して、昭和五〇年一一月四日付で異議申立書と題する書面を被告宛に送付してきた。

しかし郵便貯金の利率の変更は政令の改正によつてなされるものであり、政令の制定、改正は内閣の権限に属するものであつて被告のなしうるものではなく(憲法七三条六号)、また利率の変更は契約条件の変更に過ぎず、行政不服審査法にいう行政処分に当らないのみならず、原告らは被処分者でないので行政不服審査法上の異議申立権を有しないといわなければならない。

そこで、原告らの異議申立は不適法であるからその旨を明らかにして原告らの了解を得べく、貯金局長において本件書面を作成し原告らに送付したものであつて、被告において却下決定をなした事実はない。

原告らは本件書面をもつて貯金局長が被告の異議決定権を代理行使したものである旨主張する。

しかしながら、行政不服審査法上の異議決定権が処分庁の下級行政機関によつて代理行使されることは、行政不服審査制度の建前からして許されないことといわなければならない。同法によれば、行政庁の処分についての不服申立は、処分庁に上級行政庁があるときは審査請求、処分庁に上級行政庁がないときは異議申立をするものとされ(同法三、五、六条)、審査請求は原則として処分庁の直近の上級行政庁に、異議申立は処分庁にそれぞれすることとされている(同法五条二項、三条二項)。そして行政救済制度が国民の権利救済のための制度であるとともに行政監督作用としての一面をも有していることにかんがみれば、不服申立についての審理は処分庁の上級行政庁がこれを行うのを原則とし、そうでない場合においても少くとも処分庁自らが見直しを行うことが制度の本質的要請であると考えられるのであつて、下級行政機関が上級庁である処分庁のなした処分について見直しを行い、これについて却下、棄却、取消変更等の決定をすることは行政組織上からしてもありえないことであるばかりでなく、国民の権利救済の実効性の点からしても許されないことといわなければならない。これを要するに裁決や異議決定は代理に親しまない行為であるというべきである。

また本件について被告が異議決定権を貯金局長に授権した事実はもとより存しない。

原告らは、原告らの異議申立に対して被告が応答義務があるから、本件書面は右異議申立に対する却下決定と解すべきであると主張する。

しかしながら、一般に、行政庁に応答義務があるというためには、申請をした者に申請権のあることが必要であり、申請権がないときは、行政庁が申請に対して応答をしなくとも違法とはならないと解すべきである。そして、行政処分が不存在の場合も申請権がない場合に当るというべきである。

ところで、郵便貯金の利率の変更は、民間金融機関における利率の変更と何ら異なるところがなく、行政不服審査法にいう行政処分に当らないことは明白である。そこで、被告は本件異議申立に対する応答義務がないものとして応答していないのであり、本件書面をもつて、被告の決定と解すべき余地はないのである。

(本案の主張)〈省略〉

三  原告ら〈省略〉

第三証拠〈省略〉

理由

原告らが昭和五〇年一一月四日被告に対して、郵便貯金法施行令の一部を改正する政令(昭和五〇年政令第三一五号)に基づく郵便貯金の利率の変更についてその取消を求める異議申立をしたところ、郵政省貯金局長において同年一二月二七日、原告らに対して本件書面を送付したことは当事者間に争いがない。

原告らは、被告が本件書面をもつて原告らの前記異議申立に対して却下決定をしたものであると主張する。

そこで、判断するに、本件書面は、その記載に照らすと本件異議申立に応じて作成、送付されたものであることは明らかである。

しかしながら、異議申立に対する決定は、書面で行ない、かつ理由を附し、異議申立の相手方がこれに記名押印をすることが法律上の形式要件とされている(行政不服審査法四八条、四一条)ところ、本件書面の記載の体裁は、通常の決定書のそれによらない単なる回答書の様式をとつているにすぎないのみならず、作成名義人が前記のとおり本件異議申立の相手方である被告の内部局である貯金局の長であること等からすれば、本件書面をもつて被告の却下決定書と解する余地は到底ないものといわざるを得ない。

もつとも、原告らは貯金局長が被告を代理して異議申立に対する決定をなしたものと解すべきであり、また被告は異議申立に対する応答義務があるから、本件書面をもつて異議却下決定書と解すべきであると主張する。

しかしながら、行政組織法上の下級の内部局(国家行政組織法七条)が上級行政庁を代理して、上級行政庁のなした処分について、取消、変更の権限を伴う異議申立に対する決定権限を有すると解することは法令等の根拠のない限りは許されないものというべきところ、本件のような場合において、貯金局長が郵政大臣を代理して決定をなしうる法令上の根拠は全く存しない。また、本件書面をもつて原告らの異議申立に対する却下決定書と解することのできないことは前示のとおりであり、本件書面は応答義務のないものとして作成、送付されたものであることが弁論の全趣旨によつて明らかであつて、右異議申立に対して被告に応答義務があるとすれば、未だ応答がなされていないことに帰するだけのことというほかはない。

以上の次第で、原告らの異議申立に対する被告の決定は存在しないというべきであるから、原告らの本件各訴は、結局、その取消の対象を欠き不適法といわなければならない。

よつて、本件各訴を却下することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九三条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 内藤正久 山下薫 飯村敏明)

(別紙)

郵貯一第九一号

昭和五〇年一二月二七日

宮川 淑様

郵政省貯金局長

神山文男

拝啓 時下ますます御清栄のこととお喜び申し上げます。

日ごろは郵便貯金を御利用いただきまして誠にありがとうございます。

さて、一一月四日付書面にて郵政大臣に申立てがありました件につきまして、下記のとおり御返事申し上げますので悪しからず御了承願います。

まずは要用のみ

敬具

一般に、預貯金の金利は、貸付けの金利とともに経済情勢の変動により変わるものであります。この点郵便貯金の金利も例外ではなく、既に御承知のように、昭和四七年八月に〇・二五~〇・五〇%の引下げが行われましたが、その後昭和四八年四月以降昭和四九年九月までの間に四回にわたり計二・五%の引上げが行われ、過去に例をみない高い金利水準となりました。

今回の郵便貯金金利の引下げは、物価が落ち着いた動きを示す一方景気の沈滞が著しく雇用関係も不安定という経済情勢に対処して金融の緩和が進められることとなり、第四次の公定歩合引下げとあわせ市中金融機関の預金金利も引き下げられる情勢を考慮して行われたものであります。もちろん、郵便貯金の金利については預金者の利益に配意することが重要でありますので、郵政審議会の慎重な審議を経た答申の趣旨をも考慮の上、やむを得ないものと判断し決定したものであります。

なお、法規の定立行為であります本件政令の改正は、行政不服審査法にいう処分には当らないものと考えられます。

以上のような次第でありますので、お申し越しの趣旨には沿いかねるものであります。

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